Inkscapeではフィル/ストロークダイアログ上でオブジェクトのフィルやストロークの色を設定したりグラデーションを設定したりすることができますが、それらと同じように「塗りなし」を設定することもできます。

この「塗りなし」という設定、SVG形式でどう定義されているかというと「none: No paint is applied in this layer.」となっています。この「in this layer」というところがポイントではないかと思います。
Inkscapeが編集対象としているSVG形式データでは、「塗る」という属性は個々のオブジェクトごとの属性であって、画面上のピクセルごとの属性ではありません。
そして複数のオブジェクトは互いに重なり合うように描かれたりもするので、キャンバス上のある領域が透明(何も塗られていない)であるか否かは、その位置に重なって描かれているすべてのオブジェクトの属性が「塗りなし」になっているか否かで決まります。
その点が絵の具で塗るように絵を描く(ピクセルごとに色を塗る)いわゆるペイント系のツールとの違いなわけです。
具体的な例でいうとどのような理解になるのか考えてみました。
次の例の(A)のように2本のパスを描いたとき、もしペイント系ツールであれば(B)のようなイメージのものを描いたことになります。2本のパスでキャンバス全体を2つの領域に分割し、その領域それぞれを塗っているというイメージ(誤解されたイメージ)です。

このようなイメージを持っていると、小さいほうのパスの内側に「塗りなし」を設定すれば、当然小さいほうのパスの内側の領域は何も塗られておらず、背景が透けて見えている状態になるだろうと期待します。
例で示すと、次の(C)のように領域ごとに塗りつぶした状態をイメージしている場合、(D)のように内側のパスに「塗りなし」を設定すれば、(E)のように背景が透けて見える(穴が開いたように見える)だろうと考えてしまいます。

しかし次の(F)のように2本のパスをInkscapeで描いた場合、実際は(G)のように2つのパスオブジェクトを重ねて描いていることになります。

そして小さいほうのパスの内側に「塗りなし」を設定すると、(H)のように小さいほうのパスオブジェクトが透明になるだけで、大きいほうのパスオブジェクトは依然として緑色で塗られている状態なので、2つのパスオブジェクトが重なった結果として(K)のように大きいほうのパス(下に重なっているパス)を塗りつぶしている緑色が透けて見えます。(E)のようにはなりません。

というように、「塗りなし」という設定を「キャンバスを区切った領域の1つに対して塗りなしを設定する操作なのだ」と理解してしまうと、「塗りなし」を設定してもその領域が期待したとおりに透明にならずに混乱します。
「塗りなし」という設定はオブジェクトを透明にしているだけであって、他のオブジェクトがたまたま下に重なっていればその重なっているオブジェクトが透けて見えることになります。
というわけで、上に重なっているオブジェクトに「塗りなし」を設定しても透明になってないかのように思えるかもしれませんが、ちゃんと透明になった結果として下のオブジェクトが透けて見えるようになったのだと理解すればよいことになります。